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エマーユとは、フランス語でエナメル七宝のこと。
古来より美を求める人々から珍重されてきたエマーユは
時を超え普遍的な価値ある芸術品とされています。
エマーユは、紀元前2000年頃のメソポタミア・エジプト文明で作られはじめて以来、宝石と同じほどの価値があるものとして珍重されてきました。その後ヨーロパ・アジアの各地に広がり、なかでもフランスのリモージュは七宝芸術の中心地として栄えました。 初期のエマーユのモチーフには宗教画が多く、その後に歴史上の人物が描かれるようになり、19世紀末にはアール・ヌーヴォーと呼ばれる装飾芸術の台頭とともに美しい女性たちの姿が当時の作家たちの精緻な技術と様々な表現方法でエマーユに描かれ、圧倒的な人気を呼びました。 基本的な製法は、金属板の上に透明または不透明なガラス質の粉末をペースト状にした釉薬を置き800度前後で焼成し、それを冷やして金属に固着させるものです。図柄は色ごとに釉薬を置きながら絵付けと窯入れを交互に繰り返し焼成し描きだします。その技術は作品の目的や表現に応じてより多く高度なものとなりました。
エジプト・メソポタミアで生まれたエマーユは、その後ヨーロッパ各地に広がり、中でもフランスのリモージュはヨーロッパの七宝芸術の中心地として栄えました。
リモージュでエマーユが栄えたのは、良質なガラス原料となるシリカ(珪土)が採取され、色づけのための金属酸化物や粉末精製のための酸性水などが豊富に手に入る環境であったこと、また、美術や芸術文化が栄え、交易交通の拠点となった都市であり、教会や国家の強力な援助があったためでした。
リモージュで最初にエマーユが作られたのは、12世紀中期です。13世紀には「リモージュ製」という呼称がヨーロッパ各地に広がります。この頃の作品は主に宗教儀式用の聖杯、祭壇の十字架、司教が持つ権丈などで、当時の修道院は、これらのものを作る工房をそれぞれに持っており、サンマルシャン修道院で作り始めたものがリモージュエマーユの始まりとされています。
16世紀頃には装身具やカメオの装飾に用いられ、描かれるテーマも宗教的な内容から歴史上の人物や王侯貴族の肖像へと変化し、18世紀には小箱や手鏡などの小物にも用いられました。
そして19世紀末、ヨーロッパで開花したアール・ヌーヴォーという装飾芸術の台頭とともに流麗で繊細な線と鮮やかな色彩で描かれた幻想的な雰囲気をもつ女性像を描いたものが圧倒的な人気を呼び、そのスタイルが現在までリモージュエマーユの代表とされています。
リモージュ(Limoges)は、フランス中部に位置するオート=ヴィエンヌ県の地方自治体です。リモージュ市内の街並みは、古くからの建物が多く残る落ち着いた美しい佇まいをしています。
リモージュの起源は、およそ2000年前のヴィエンヌ川ほとりの小さな村がローマ都市となった頃に遡ります。3世紀に聖人マルシャンによってキリスト教化され、三大聖地の一つスペインへのサンティアゴ巡礼路が整備されるとリモージュはヴェズレーを基点とするヴェズレーの道に組みこまれ大いに繁栄し、18世紀末には街と城が統一されて一つの街リモージュとなりました。
磁器産業で有名なリモージュですが、エマーユ(エナメル七宝)の生産地として大変歴史ある街として知られています。磁器の生産よりもはるかに古い12〜13世紀にかけてリモージュのエマーユ産業は他の地域と比して大きく発展していました。ガラスの原料となるシリカ(珪砂)があったことなど様々な好ましい自然環境に恵まれていたことで、長期にわたりエマーユの美術創作の中心地として繁栄し、特に19世紀には優れたエマーユ作家たちが多くの秀逸なエマーユ作品を制作発表しています。
1766年から7年の歳月をかけてつくられたリモージュ市立レヴェシュ美術館には、リモージュで制作された12世紀から20世紀までのエマーユ作品が多く展示されています。また、この美術館にはこの地に生まれた印象派の巨匠ピエール=オーギュスト・ルノワール自身によって寄贈された作品も見ることができ、世界的に有名な美術館です。
リモージュ市を代表する市長として、アール・ヌーヴォー時代を中心に活躍したリモージュの偉大なエマーユ作家たちの作品が、梶光夫氏のエマーユコレクションが展示公開されることを大変光栄に思います。
フランス リモージュ市市長
エミール=ロジェ・ロンベルティ
梶コレクションを初めて御覧になる皆さんは、子供時代、不思議なものが詰まった小箱を開くときに感じた、わくわくとした興奮を蘇らせることになるでしょう。目をきらきらと輝かせ、一刻も早く宝物を見たいとはやるその気持ちは、新発見をした研究者が味わう陶酔にも似ています。
梶コレクションの作品は、どれもそれぞれの存在に秘めた意味や機能、描かれている絵やその背景となった史実などについて私たちを想像の世界へとかりたててくれます。
世界の装飾芸術の歴史の中でリモージュを有名にしたエマーユづくりの技術に梶さんが光をあててくださったことで、私たちはたんに作品を鑑賞するのみだけでなく、エマーユという素材を用いて人々を魅了した職人やアーティストたちの巧みな腕や技術にまで関心を抱くことが出来ます。
梶コレクションのエマーユは、ガラス質を突き抜け、それを優しく支える金属にまで届く光の秘密を解き明かしています。梶さんの個性的で的確な審美眼をもって築かれたコレクションは、エマーユ芸術とその用途についての貴重な証言であり、エスプリと炎から生みだされるエマーユの変化や歴史、そしてそれをめぐる謎を私たちに提示しています。
フランスのエマーユ、なかでもリモージュのエマーユを愛する梶さんは、フランスの文化財を保護する一つの形を通して、その国際的な知名度を高めることに貢献されているのです。
美術史家
ジャン=マルク・フェレール
美術史家。25年以上教鞭をとった後、2007年にリモージュで出版社「Les Ardents Editeurs」を設立し、編集責任者となる。歴史や美術史、特にアール・デコの分野の論文や著書多数あり。アール・ヌーヴォーやアール・デコとともにリモージュのエマーユを世界的に有名にした19世紀、20世紀のエマーユの保護と発展のために活動している。
私たちの工房は三世代にわたって梶さんと交流し、ジュエリーの共作を行っています。
梶さんと私との出会いは、梶さんがエマーユを求めてリモージュを訪れた1980年代にさかのぼります。当時、様々な技法を用いて精緻に描かれたアンティークエマーユに大変興味を持っていた梶さんは、その希少な正統的伝統技法を引き継いで制作している私たちのエマーユを高く評価してくださいました。2008年にフランスが国家として私たちの工房を「人間文化財企業」(Enterprises du Patrimoine Vivant)に指定するよりずっと以前のことです。梶さんは、今日まで想像力豊かな発想で私たちが創り出すエマーユにデザインを施し、エマーユの価値と魅力をいっそう高めてくださいました。
梶さんの感性で選んだコレクションは、主にリモージュで活躍した作家の魅力が伝わる美しい女性の肖像が描かれた作品が中心となっています。これは、アール・ヌーヴォー、アール・デコなど各時代の様式を通して共通となっている優雅なモチーフです。
私は長年にわたり私たちに示していただいた尊敬と信頼を光栄に感じ、梶さんによって私たちの作品が素晴らしい輝きをもつようになったことに喜びを感じています。そして、エマーユの情熱的な蒐集家である梶さんが、フランスの貴重な文化財であるエマーユに脚光をあて、日本でその価値の普及に努められていることに感動しています。
エマーユ作家
クリスティーヌ・シェロン
エマーユ作家。父親は金工作家、母親は正統的伝統技法を受け継ぐ著名なエマーユ作家マリー・マドレーヌ・シェロン。2008年、親子三代にわたって受け継がれている伝統的エマーユ技法により、フランス政府から権威あるE.P.V.(人間文化財企業)の称号を与えられる。また、その稀な生産技術において、ユネスコ(UNESCO)からも未来へ継承すべき職能的遺産として保護の対象となっている。