WHAT’s EMAUX

エマーユとは、フランス語で芸術七宝のこと。
古来より美を求める人々から珍重されてきたエマーユは
時を超え普遍的な価値ある芸術品とされています。

エマーユの誕生と歴史

エマーユの誕生と歴史

エマーユの誕生

エマーユの誕生

エマーユは七宝に相当するフランス語で、金属の素地にガラス質の釉薬を置き800度前後で色ごとに焼成を繰り返すことによって完成される美術工芸品です。古代メソポタミア・エジプト文明で誕生したといわれるエマーユは、その後ヨーロッパ・アジアの各地に伝わり、なかでもフランスのリモージュは芸術七宝の中心地として栄えました。

リモージュエマーユの歴史

リモージュエマーユのはじまりと初期のエマーユ

リモージュエマーユのはじまりと
初期のエマーユ

フランスのリモージュで最初にエマーユが作られたのは12世紀前期といわれ、13世紀には「リモージュ製」という言葉がヨーロッパ全土に広がり、リモージュはエマーユの中心地として知られていました。また、この頃のエマーユは主に聖遺物箱、十字架、聖杯や香炉など宗教儀式に関する物の装飾として用いられていました。
12世紀から13世紀のリモージュエマーユでは、金属を掘り込みその凹みに施釉するシャンルべエマーユという技法が主に用いられ、この技法の作品がヨーロッパで大成功を収めたことによりリモージュのエマーユ産業は13世紀に最盛期を迎えました。しかし14世紀になると百年戦争の中の1370年にイングランドのエドワード黒太子に町が略奪され、エマーユは繁栄に陰りをみせます。

エマーユ絵画の誕生

エマーユ絵画の誕生

長い間生産が途絶えたリモージュのエマーユは、15世紀末になるとペイントエマーユ(エマーユ絵画)という平面の金属板に細かな絵付けを施す新たな技法の誕生によって再び息を吹き返します。16世紀には絵画に匹敵するほどの卓越したレベルの作品が生まれ、テーマも宗教的なものだけでなく歴史上の人物なども描かれました。それまでは主に金工芸の装飾として使用されてきたエマーユでしたが、エマーユそのものが主役となることによってその芸術のありかたや見方が変わったのです。

リモージュエマーユのはじまりと初期のエマーユ エマーユ絵画の誕生

エマーユの衰退と復興、
そしてアール・ヌーヴォーの時代へ

16世紀半ば頃までヨーロッパ中で高く評価され、リモージュの主な富の源泉のひとつとなったエマーユですが、17世紀末にはエマーユへの関心の低下から生産量が減少し、さらに18世紀にはフランス革命の影響によりリモージュからエマーユの技術は姿を消してしまいました。
その後19世紀前半にエマーユは復興の動きを見せますが、この時期はリモージュではなくパリを中心として多くのエマーユ作品が制作されました。しかし19世紀半ばにはリモージュにあったセーブル工房でエマーユ技法が再発見されたこと、また、1855年にリモージュで開かれたフランス中部博覧会で約400点のルネサンス期のエマーユが展示されたことに刺激を受けたリモージュのエマーユ作家たちは当時のエマーユ技術の再興を試み、独自のアイディアと技術で数々の魅力的な作品が生み出されました。
そして19世紀後期になると多くの若い作家がリモージュで活動を始め、伝統的な作品を凌駕しようと新たな技術を開発し、エマーユは大きな進化を遂げます。さらにはこの頃に開花した芸術運動アール・ヌーヴォーの影響によりエマーユは芸術性と隆盛を極めました。この時期のエマーユに多く描かれたのは、アルフォンス・ミュシャを連想させる流麗な線と鮮やかな色彩の女性像です。そのスタイルは現在までリモージュのエマーユに継承されています。

フランス リモージュ市

フランス リモージュ市

リモージュ(Limoges)は、フランス中部に位置するオート=ヴィエンヌ県の地方自治体であり、市内の街並みは古くからの建物が多く残る美しい佇まいをしています。 リモージュの起源は、およそ2000年前のヴィエンヌ川ほとりの小さな村がローマ都市となった頃です。3世紀に聖人マルシャルによってキリスト教化され、三大聖地のひとつであるスペインへのサンティアゴ巡礼路が整備されるとリモージュはヴェズレーを基点とするヴェズレーの道に組みこまれ大いに繁栄しました。百年戦争の時には一時イギリスに占領された歴史がありますが、18世紀末に街と城が統一されてひとつの街リモージュとなりました。

フランス リモージュ市 磁器産業で有名なリモージュですが、エマーユの生産地として大変歴史ある街として知られています。磁器の生産よりもはるかに古い12世紀から13世紀にかけてリモージュのエマーユ産業は他の地域と比して大きく発展していました。良質なガラスの原料となるシリカが採取されたこと、美しい水に恵まれていたことなど好ましい自然環境にあったことにより長期にわたりエマーユの美術創作の中心地として繁栄し、特に19世紀には優れたエマーユ作家たちが多くの秀逸なエマーユを創作しました。
リモージュ市立美術館では、リモージュで制作された12世紀から20世紀までのエマーユ作品が多く展示されています。また、この地に生まれた印象派の巨匠ピエール=オーギュスト・ルノワール自身によって寄贈された作品も見ることができ、世界的に有名な美術館です。

フランス リモージュ市 フランス リモージュ市

リモージュからのメッセージ

市民とともに分かち合える喜び
梶コレクションの展示公開に寄せて

リモージュ市を代表する市長として、アール・ヌーヴォー時代を中心に活躍したリモージュの偉大なエマーユ作家たちの作品が、梶光夫氏のエマーユコレクションが展示公開されることを大変光栄に思います。

フランス リモージュ市市長
エミール=ロジェ・ロンベルティ

梶コレクションの魅力と意義に敬意を込めて

梶コレクションを初めて御覧になる皆さんは、子供時代、不思議なものが詰まった小箱を開くときに感じた、わくわくとした興奮を蘇らせることになるでしょう。目をきらきらと輝かせ、一刻も早く宝物を見たいとはやるその気持ちは、新発見をした研究者が味わう陶酔にも似ています。
 梶コレクションの作品は、どれもそれぞれの存在に秘めた意味や機能、描かれている絵やその背景となった史実などについて私たちを想像の世界へとかりたててくれます。
 世界の装飾芸術の歴史の中でリモージュを有名にしたエマーユづくりの技術に梶さんが光をあててくださったことで、私たちはたんに作品を鑑賞するのみだけでなく、エマーユという素材を用いて人々を魅了した職人やアーティストたちの巧みな腕や技術にまで関心を抱くことが出来ます。
 梶コレクションのエマーユは、ガラス質を突き抜け、それを優しく支える金属にまで届く光の秘密を解き明かしています。梶さんの個性的で的確な審美眼をもって築かれたコレクションは、エマーユ芸術とその用途についての貴重な証言であり、エスプリと炎から生みだされるエマーユの変化や歴史、そしてそれをめぐる謎を私たちに提示しています。
フランスのエマーユ、なかでもリモージュのエマーユを愛する梶さんは、フランスの文化財を保護する一つの形を通して、その国際的な知名度を高めることに貢献されているのです。

美術史家
ジャン=マルク・フェレール

プロフィール

美術史家。25年以上教鞭をとった後、2007年にリモージュで出版社「Les Ardents Editeurs」を設立し、編集責任者となる。歴史や美術史、特にアール・デコの分野の論文や著書多数あり。アール・ヌーヴォーやアール・デコとともにリモージュのエマーユを世界的に有名にした19世紀、20世紀のエマーユの保護と発展のために活動している。

感謝と感動に喜びを感じて

 私たちの工房は三世代にわたって梶さんと交流し、ジュエリーの共作を行っています。
 梶さんと私との出会いは、梶さんがエマーユを求めてリモージュを訪れた1980年代にさかのぼります。当時、様々な技法を用いて精緻に描かれたアンティークエマーユに大変興味を持っていた梶さんは、その希少な正統的伝統技法を引き継いで制作している私たちのエマーユを高く評価してくださいました。2008年にフランスが国家として私たちの工房を「人間文化財企業」(Enterprises du Patrimoine Vivant)に指定するよりずっと以前のことです。梶さんは、今日まで想像力豊かな発想で私たちが創り出すエマーユにデザインを施し、エマーユの価値と魅力をいっそう高めてくださいました。
 梶さんの感性で選んだコレクションは、主にリモージュで活躍した作家の魅力が伝わる美しい女性の肖像が描かれた作品が中心となっています。これは、アール・ヌーヴォー、アール・デコなど各時代の様式を通して共通となっている優雅なモチーフです。
 私は長年にわたり私たちに示していただいた尊敬と信頼を光栄に感じ、梶さんによって私たちの作品が素晴らしい輝きをもつようになったことに喜びを感じています。そして、エマーユの情熱的な蒐集家である梶さんが、フランスの貴重な文化財であるエマーユに脚光をあて、日本でその価値の普及に努められていることに感動しています。

エマーユ作家
クリスティーヌ・シェロン

プロフィール

エマーユ作家。父親は金工作家、母親は正統的伝統技法を受け継ぐ著名なエマーユ作家マリー・マドレーヌ・シェロン。2008年、親子三代にわたって受け継がれている伝統的エマーユ技法により、フランス政府から権威あるE.P.V.(人間文化財企業)の称号を与えられる。また、その稀な生産技術において、ユネスコ(UNESCO)からも未来へ継承すべき職能的遺産として保護の対象となっている。